【ヘルドッグス前日譚】煉獄の獅子たち感想-自らを取り巻くものに振り回され続けた男たちの話【ネタバレ】

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感想

昨年映画化もされた「ヘルドッグスー地獄の犬たちー」の続編という名の前日譚。

ヘルドッグスを読み終わってから、こちらも読まねばならないと思い手に取った次第です。

2作読んでみて思ったのですが、作者の深町 秋生氏は人が心のうちに抱えるほの暗さや、それによる感情の揺れ、どうしようもない理不尽への溢れんばかりの怒りや悲しみの描写の仕方が素晴らしいなと思います。

思わずキャラクターに感情移入し、ページをめくる手には力が入り、時には涙ぐんでしまう。

以下よりネタバレを大いに含んだ感想文になりますのでご注意ください。

前作「ヘルドッグス 地獄の犬たち」の感想はこちらです。

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登場人物

〈東鞘会〉

氏家 必勝関東最大の暴力団「東鞘会」の5代目会長
神津 太一「神津組」組長。後に東鞘会の6代目会長となる
新開 徹郎神津組若頭補佐
新開 眞理子新開徹郎の妻、織内鉄の姉
十朱 義孝神津組の若頭。本来の姿は潜入捜査官の是安 総

〈和鞘連合〉

氏家 勝一氏家必勝の実子。和鞘連合総長
織内 鉄勝一の秘書
喜納 修三「喜納組」組長

〈警視庁〉

我妻 邦彦組対四課広域暴力団対策係
木羽 保明組織犯罪対策特別捜査隊隊長
阿内 将組織犯罪対策特別捜査隊副隊長

感想

一方の側面を見れば、もう一方の側面は隠れてしまうの典型例

前作、ヘルドッグスを読んだときに思っていたことがあります。

「神津組は怖いけれど人情溢れる人が多くて、そこに喚き立てて喧嘩を吹っかけてきた氏家勝一ら和鞘連合はなんてひどい奴らなんだ。」

おそらく私のほかにも感じた方はいらっしゃるのではないでしょうか?

しかし、本作を読み進めるにつれ、勝手に抱いていた「身勝手な氏家勝一」の姿は消えていきます。

とても頭の回転が早くて、どこまでも懐が広い。

そりゃあヤクザですから、表に出て言えないようなえげつないことをしてきているとは思いますが、基本的に情深く、身内を助けたい人だったように感じます。

ただ、そんなことを知っているのは当事者本人たちだけですし、結局神津組から見れば「悪」で「邪魔」な存在であることに間違いはないんですよね。

結局誰もが、自分の環境に情が移ってしまうものですし、それがまあ当然ですよね。

ただ、ある面では美しいものになるかもしれないけれど、方向性を間違ってしまうと恐ろしいことになってしまう。

そう分かっているつもりだったけれど、「分かっているつもり」だけだったと思い知らされた冒頭でした。

大きな組織の策略に巻き込まれた主人公たち

ヘルドッグスにおける主人公、兼高が2つの組織の間で揺れていた男の話だったとすれば、今作の主人公たちは、それぞれの組織の中で知らないうちに大きな流れに巻き込まれ、振り回されてしまった男たちのお話のように感じます。

東鞘会側の主人公、織内鉄

織内は警察側が投入した十朱の存在によって狂わされた人。

情報収集を生業としているだけあって、俯瞰的に状況把握ができ、喧嘩も強いが頭の回転も速い人だった織内は最後、復讐の鬼となってしまいます。

どこで変わってしまったんだろうな、と読み終わった後ぐるぐる考えたんですが、きっかけはやはり義兄の新開徹郎を撃ち殺してしまったときだったのではないかと思います。

東鞘会の中では別の派閥に属しているけれど、個人的な関係で言えば全然険悪ではない。むしろ、新開の方から織内とは争いたくないからお互いに足を洗おうと提案をしてくるくらいには仲はよかった。
織内も新開との思いではかなり綺麗なものとして記憶しているほどの関係性だった。

織内が新開を撃ち殺した直後は「足を洗うと言っていたのに裏切られた」という面が強くて、心の綻びに気づいていなかったものが、実姉・眞理子を殺して完全に表面化したように感じました。
「眞理子に殺されるのなら仕方がない」とまで思っていたのに、結局トリガーを引いてしまう織内。
新開を殺してしまった時点でもう過去のような関係には戻れないこと、人間としての自分の心が死んでしまったことに気づいように感じました。

そうして負のループから抜け出せなくなってしまった彼が最後にたどり着いてしまったのが「勝一を奮い立たせる」or「それが叶わなければ、自分が勝一となって再起を図る」という結論なのが恐ろしすぎます。
復讐の鬼となってしまった織内は、そりゃあもうボスの言うことも聞かないよね。敵に自分を売ったボスならなおさら。

もう一つ感じたのは、織内は過去に囚われすぎているな、ということ。
新開や眞理子にはもちろんなんですけど、勝一には特にその傾向がある気がしました。

勝一のことをヒーローみたいに思っているし、もっと言ってしまえば、まるで神のように崇拝しているようにも思う。
ギャング時代に助けてくれた思い出にいつまでもしがみついている。

立場や環境が変われば、考え方も背負うものも変化するのは当然のことなのに、それを全く考慮せずに、「氏家勝一はそんな弱虫なんかじゃない!」と喚き立てる。
自分の氏家勝一像と本当の氏家勝一がどんどん離れていく。勝一からすれば、親友だった織内の中の自分と本当の自分がかけ離れていく。

どちらから見ても苦しすぎませんか????

十朱のことを「どこの馬の骨とも分からない奴をカシラと呼ぶ気にはならない」と言っていた織内。
状況判断や人を見る目は確かだった織内が、追い詰められて、それができなくなっていく過程をみるのは辛いな。

警察側の主人公、我妻邦彦

我妻は東鞘会側が送り込んできた女スパイによって狂わされた人。……と思っていたけれど、最後まで読むと、彼はこれでよかったんだとも思える。

元々過去に好意を寄せていた人のことがきっかけで「警察官になれば、合法的に非力な人間を食い物にする悪党をボコボコにできる」と刑事になった人。

そのトラウマを乗り越えて、玲緒奈と恋人関係になったところは中学生の恋愛!?と思うほどに初々しくて可愛くてニヤニヤしてしまった。(最初、顔の悪さでヤクザと勘違いされて逃げられたところは笑ってしまったけれども)

最初は玲緒奈に七美を重ねていたりもしたけど、彼女との時間を過ごすにつれ玲緒奈自身に惹かれるようになって。玲緒奈との幸せのためなら東鞘会なんてどうでもいいとまで思い始めていたところに、阿内から玲緒奈が東鞘会からのスパイだと知らされて絶望する。

それでも我妻は玲緒奈を愛したし、おそらく玲緒奈もそうだったと思う。
玲緒奈は「ターゲットに情が移る」だなんて言い方をしていたけれど、本当に好きになっていたんだろうね。そしてそれを、最期に我妻に伝えてくれて本当によかった。

我妻と玲緒奈の関係は温かみのあるキスで始まって、玲緒奈が絶命した後の冷たいキスで幕を閉じるのが、なんとも言えないです。

最後のシーン、誰の邪魔もなければもしかしたら我妻は十朱の息の根を止めることができていたかもしれない。熊沢も大前田も十朱も反応が遅れていたし。出月/兼高という潜入捜査官が生まれることもなかったかもしれない。

正直、一発くらいくれてやってほしかったという気持ちもあるけれど、我妻の最期が「あの女に永遠に騙され続けたかった」で締められていて、逆に、よかったね、やっと会えるね……と思う。

交わらないはずの2人が交わる瞬間

こういう展開大好きです!!!

相反している2人が協力しないといけないみたいな展開ですね。
「ここは一時休戦だ」みたいな?例えるならコナン君と怪盗キッドが協力する回みたいな(?)
コナン君で例を出すとあまりにも今作とはテンションが違いますので、アレなんですけれども……。

お互い一目見て似た境遇にいることを理解してしまうのも凄いですよね。
共鳴……?ううん、うまく言葉にできないけれど、相手の中に自分の影を見ている感じ。
これまでの過程もあるので余計に辛くなってしまう。
プラスの意味で出会ってしまった訳ではなく、お互い行き着いた地獄に相手がいた、みたいな感覚がします。

今まで周りにいて一緒に過ごしてきた人たちに言えないことが、会ってすぐの人に言えてしまうのって、そういうところだろうな。
共感……よりはやはり共鳴の方が近いですかね。

解き放たれた獅子と、解き放たれていた狂犬

少しヘルドッグスのお話も絡めていきたいと思います。

今作の最後で、十朱は「俺は警察の犬から解き放たれて獅子になった」と言っています。
読む前に期待したほど十朱/是安についての解像度は上がらなかったんですけど、彼が警察と決別してヤクザの道へ進むことを決めた覚悟の台詞です。

対して、ヘルドッグスの終盤で十朱に追い詰められた兼高は「俺は噛み付くことしかできない狂犬で、最初から解き放たれていた」と言っていました。
ヘルドッグスでの最後の交渉シーンで、少なからず十朱は兼高の中に自分と同じものがあるとみていたのだと思う。

でも、おそらくそれは違った。

十朱は、警察と東鞘会を天秤にかけて東鞘会を選んだ。それが「十朱 義孝」を完成させるために必要なことだったのかもしれません。
一方、兼高は警察とかヤクザとかそういうものはなにも関係なくて、結局自分の信念を貫く道を選んだ。迷って遠回りして、出月であろうが兼高であろうが「自分はこういうものだ」というのが確立されていることに気づく。

警察もヤクザもペテンにかけることができるほど優秀だった十朱と、潜入捜査官としては二流で弱い兼高。
圧倒的に十朱の方が有利に思えるけれど、阿内の協力も得ながら兼高が勝てたのはそういうところだと思うし、最後の最後で十朱は兼高のことだけ見誤ってしまったんだろうな。

そういえば。
映画を見た後に「十朱と兼高ってバイオハザードでクラウザーがレオンに言っていたコインの裏と表みたいだね。」という感想を呟いていて。
前作「地獄の犬たち」を読んでもそう思ったのだけど、今作を読んだ後は十朱がコインの裏表どちらかだとしたら、兼高はコインそのものだなと感じた。裏や表ではなく。

疑問点

「地獄の犬たち」「煉獄の獅子たち」を読んで少し疑問に思ったことを。

まず、今作の最後で織内が勝一に成り代わってしまったわけですが、地獄の犬たちで登場した勝一は織内だったってことですよね?
だったら絶命寸前の土岐の顔を踏みつけるのは分かります。
織内の狙撃を邪魔してきた本人だから。
ですがその後の「十朱がお前(兼高)と同じとはどういうことだ」と言うのは不思議な感じがするんですよね。
織内はすべて知っているわけですし。

もうひとつは木羽さんの最期。
木羽さんは自殺に見せかけてというより本当に自殺だったのですが……。
煉獄の最後で阿内が「尻ぬぐいするのに苦労した」と言っていたので、自殺を自殺に見せかけ、他殺の線もあるようにしたのかな(何言ってるか分からなくなってきた)と思ったんですが、十朱まで木羽を拉致して海へ突き落としたって言ってるんですよね。
私に理解力がないだけだと思うのでどなたか教えてください……。

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