【読書感想】ラブカは静かに弓を持つ【2023年本屋大賞第2位】

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感想

こんにちは、macaronです。

今回は、2024年末に購入した2023年本屋大賞第2位受賞作「ラブカは静かに弓を持つ」の感想を書いていきます。

あの、実はこれ緊急で書いておりまして……。

というのも、本当は別の記事を書いていたのですが、こちらの小説があまりにも良くて「これは!今書き上げないとダメだ!!!」と思い、急遽シフトしました。

まだ読書好きと言えるほど本を読んでいない私ですが、現段階で私の一押し作品です。

余韻に押し潰されそうで、今他の小説を読むことができない状態になっている程。(なので実用書系を読んでいます。)

以下より、ネタバレありの感想になります。

それでは、どうぞ!

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登場人物 & あらすじ

・橘 樹:全日本音楽著作権連盟の職員。音楽教室ミカサへの潜入調査を命じられる

・浅葉 桜太郎:音楽教室ミカサのチェロ講師。

・青柳 かすみ:チェロ上級コースの生徒。大学生。

・三船 綾香:全日本音楽著作権連盟の職員。総務部所属。

少年時代、チェロ教室の帰りにある事件に遭遇し、以来、深海の悪夢に苛まれながら生きてきた橘。

ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への潜入調査を命じられる。

目的は著作権法の演奏権を侵害している証拠を掴むこと。

橘は身分を偽り、チェロ講師・浅葉のもと通い始める。

師と仲間との出会いが、奏でる歓びが、橘の凍っていた心を溶かしだすが、法廷に立つ時間が迫り……

集英社文芸ステーションHPより

感想

深海に届く、一筋の光

橘君は、もう大人だ。背だって俺よりずっとでかいし、もう誘拐なんてされたりしない。誰も楽器を壊しはしないし、君のことだって探さない。自分のチェロを背負っても、ちゃんと家に帰れるよ」

安壇美緒「ラブカは静かに弓を持つ」p200

橘と、彼が潜入先で出会うチェロ講師の浅葉との関係が本当に良すぎる。

全てを偽って、来る裁判のためにレッスンを録音し続ける橘と、そんな橘に向かって真っ直ぐな言葉を投げ続ける浅葉。

浅葉は、本当に太陽みたいに眩しい人間だな、と読みながら感じていました。

きっと、主人公の世界から見る彼が眩しいから一層そう感じるのだろう。

比喩ではなく、浅葉はきっと橘にとっての光だったのだと思う。

暖かくて、心地よくて……。ずっとそこに留まることが許されないと分かっていながらも、情を持って仕事を放棄してしまうくらいには。

そういえば、タイトルにあるラブカとは深海に住むサメの一種だそうです。

そして深海に届く太陽の光は、地上の約0.1%と言われています。

この物語の主人公 橘樹は小さい頃の誘拐未遂事件以降ずっと、暗い深海の夢に悩まされ、不眠障害に陥っていました。

実際に事件が起きたのは深海ではなくて路地だった訳ですが、小さい頃の恐怖心が夢の中で大きくなり、暗く息苦しい深海にいるイメージが膨れ上がったのだと思います。

人間には到底行き着くことが出来ない闇の世界。

でもそんな闇の中に、たった0.1%だとしても確かに光は届いていた。

橘が浅葉と出会ったのは、会社から潜入捜査を命じられたからであり、本当に偶然に偶然が重なってのことだったけれども、それでもちゃんと光を見つけることが出来た。

きっと橘は、誘拐されかけたことに対して悲観的になったり、同情したりせずに「大丈夫だよ」と真正面から言ってくれる人が欲しかったのだと思う。

チェロを構えたときの場所の違和感から始まり、最後は鏡で自分がきちんと大人になったことに気付く。

深海から光を見つけた橘が、14年間ずっと止まったままだった時をやっと進めることが出来たんだと思うと、本当にこみ上げる物がある。

さらに言うと、私は冒頭の台詞が出てくるバーでのサシ飲みのシーンが特に大好きなのです。

このシーンは、橘がやっと過去から解放される取っ掛かりになった場面でもあり、何があっても裁判を回避して、浅葉をコンクールへ送りだそうと決意する場面なんですよね。

自分を導いてくれた、いつも溌剌とした浅葉が今まさに弱音を吐いていて、このまま裁判になったら絶対死ぬとき後悔すると、会社に属していながらそれを裏切ろうとしている。

この相互作用感がとても好きでずっと鳥肌が立ちっぱなしでしたし、何よりここでふと過った台詞があって。

「それじゃ仕事以外のことは何もできないだろ。うまいメシ食って、たっぷり寝て、余暇はゆっくり音楽やるなりしないと、病気になっちまうよ。もっと自分本位に生きないと」

職場で借りた百円なんて全部踏み倒してさっさと家に帰っちまえ、と言われて、それじゃ泥棒になりませんか、とつい突っ込んでしまった。

安壇美緒「ラブカは静かに弓を持つ」p68

橘が浅葉を助けるために会社を裏切ったのは、死ぬとき自分が後悔するから。

自分本位に行動する起点が「師を助ける」なの、本当もう……何も言えないでしょ。

何が起こっても、何も起こらなくても、人生は続いていく

一度鼻を啜ってしまうと、それからぼたぼたと涙がこぼれて、食いしばった歯の隙間から吐息がか細く漏れていった。背を丸めて低く唸ると、採光が足りていない雑居ビルの一室に嗚咽が響く。高ぶった感情の波が一気に引くと、頭の中がクリアになった。再びスプーンを握り直すと、橘は勢いよくカレーをかっ食らった。

生きていようと思った。コンサートがある日まで。

安壇美緒「ラブカは静かに弓を持つ」p181-182

「春生まれだからさ、ちょっと前に誕生日だったんだよ。それまで年齢なんて気にしたこともなかったんだけどさ、あと一年で二十代が終わるって事実にさすがに俺も戸惑った。全日本音楽コンクールに出られるのは二十九歳までなんだ。二十九歳。信じられるか?その先だってずっと、長いこと人生は続いていくのに、そこから先は足切りなんだ。二十九歳の演奏と、三十歳の演奏の間に、一体どんな違いがある?それとも俺が気づけないだけで、何か決定的な違いがあるのかな」

安壇美緒「ラブカは静かに弓を持つ」p191

橘と浅葉、それぞれの立ち位置は真逆なのだけど、同じ種類の苦しさがズン、とくる。

途中で何が起ころうと、逆に何も起こらなかったとしても長い人生は続いていくんだよなあ、とふと思ったり。

上の引用は橘の心情。橘はその何かが起こってしまう側。

音楽教室ミカサが著作権侵害をしている証拠を進行形で集めていて、裁判ではその証拠(レッスンの録音と調書)を提出する流れになっている。

ただ、例え嘘の上に成り立っていたとしても、橘が彼らと過ごす日々に自分の居場所を感じていたことや、もう一度チェロを始めて取り組んできた時間は全く嘘でもなかったから。

だから橘は裁判の日以降のカレンダーを捲れずにいた。まるでそこで自分が一度死んでしまうかのように。

もともと潜入調査として通っていたのだから当然だけど、浅葉や他の生徒たちを裏切ってしまうことになってもその先の人生は続いていく。

裁判より先の予定に自分の生きていていい理由を結び付けるくらいの葛藤、裏切る立場の自分への軽蔑、それでも進んで行かなければいけない現実。全てが入り交じっているこの一文はかなり印象的でした。

対して、下の引用は浅葉の言葉。彼の言葉は、どちらかというと何も起こらない側の視点で書かれていて。

コンクールに出られる最後の年齢に差し掛かって、浅葉はようやくクリアに現実を見るようになった。

まだ二十歳にも満たない浅葉が見た彼の師の世界は、恐らく初めて出会うもので、衝撃を受けると同時にとても輝いていて、浅葉の世界そのものになったんだろう。

コンクールの審査員に向けた音楽ではなく、長い時間をかけて自分の中で曲と向き合い、解釈を積み上げ、空気を震わせ音を放つ。

でも、今回のコンクールのお話が出たときに、(本編の言葉を借りるなら、)そんな長い長い「夢から覚めてしまった」。

今から取り組んで入賞するなんて映画やドラマのような物語が現実に起きる可能性は限りなく低くて、そのままソリストやプロ入りへの道はぐっと狭まり、何も起きないまま三十代になってしまう。

それでもまだ道は途切れない。

大多数の人は、そこで何かを起こした人達を羨ましく思う気持ちに早く区切りを付けて、自分の道をまた模索し始めないといけない。

十代から二十代も大きく変わるけれど、社会的なことで言うと二十代から三十代というのも結構一つの区切りになることが多く、その時の流れの速さに得体の知れない焦燥感を抱く。

実際私も実感したな……。

もしかして、三十代から四十代へ移るときも何かしら思うことがでてくるのかしら。

結局、小さい頃は大きく見えていた大人も、実際自分がその立場に立つと全然大きくないし、どの立場になってもずっと迷って悩んで生きている。そんなものだよなあ。

ただ、何も起こらない人生のお話には続きがあって。

行動さえしていれば、必ずとは言えないけれど、もしかしたら誰かが見てくれている事がある。それが新しいきっかけになることもあれば、過去に目指した道を開ける手段になることだってある。

人生って、人の世界ってそういうものですよね。

その他の感想

・号泣しながら読み終わった後に表紙の絵を眺めて更に涙があふれ出す、ずるい仕組みだ。

・表紙、深海で橘がチェロを演奏しているのだけど、そこに一筋の光が差し込んでいるのよね。その光が何を意味しているのかを色々考えては、うわ~~~!って叫びたくなる。

・ラブカは深海魚で、全体的に深海のイメージで物語は進むのですが、登場人物の名前が「橘 樹」「浅葉 桜太郎」「青柳 かすみ」「花岡 千鶴子」と大地で光を浴びて輝いているようなものが多いのが印象的でした。

・あまり関係ないと思うけど、花言葉を調べてみると刺さるものばかりだったな。

・潜入調査が浅葉にばれたとき、橘が一切真実を伝えなかったのが彼らしいなと思ってしまった。

・会社から訴えられる危険を冒してデータを全て抹消したとしても、彼らを欺き続けていた事実は変わらないから。

・でも浅葉も、あの場で橘が言い訳をしていたら無条件で信じることにしていたんだろうなと思うような台詞だったんですよね。

・ネット上で公開されている浅葉視点のショートストーリーを読むと、本当に裏表ない人なんだなと確信を持てる。

・これが橘と浅葉のお話じゃなくて、もう一つ裏で進行していたお話だったなら、また感じ方は変わったのだろうかと思ったけど、どちらにしても苦しいな。

・命令だけする側には決して分からない、そこで触れる人間の優しさとか信頼関係みたいなものがどうしても生まれてしまうんだよ。だから、「私たちの二年間は、重いですよ」が本当に重みをもってこちらに伝わる。

・ラブカの映画と音楽、検索した人多数ですよね!!!

・何で初手謝罪が琢郎なんだよ、と思ってたら橘も同じ事思ってて笑ったw

・くっそー、主人公がずれすぎている。かすみちゃんが泣いているのはそういうことじゃない。

・でも、私はこれくらいが好きだな。唐突に恋愛要素を入れるよりは少し仄めかすくらいが丁度いい。

・三船がアドレスを橘に教えなかったのは、過去との決別だったのだろうか。彼女はもう、前に進んでいる。いや、進もうともがいているのかな。

・最後の橘の「想像して頂けますでしょうか?」とかさ。深海から抜け出した彼は、こういう面も見せるんだな、と微笑ましくなった。

・橘、「食べないのはダメなんじゃ…?」とかもそうだけど、基本相手の言葉を覚えていて、ここぞと言う時に意趣返しっぽいことしてるの、強い。

・データ消去がバレて上司に詰められた時も駆け引きに持ち込んでいて、実はかなりタフなのでは……?

・タイトルにも入っているので「戦慄きのラブカ」が主題かと思いきや、ベースは「雨の日の迷路」の方なのではないか?

・ずっと迷路の中にいた彼らが、最後それぞれの答えを見つける。崩壊してしまった信頼関係をまた1から始めようと歩み寄る。

・最後の音符の表現が、なんだか今までいた迷路から抜け出して俯瞰的に見ているように感じたので。それか、雨が上がって視界が良くなって、迷路だと思っていたものが実はそうではなかった……みたいな。

・謝って許されて終わり、ではなく「俺はまだお前を信頼していない」で終わるの、いいな。

・浅葉、しばらくボールペンがトラウマになりそう……と思ったけど、あれが録音機だったことは知らないので、そんなことにはならないか。

終わりに

ここまで読んでみて分かると思うのですが、浅葉先生がとても好きです。

なんやかんや言いながら周りをよく見ている花岡さんも、自分に出来る精一杯を必死にやるかすみちゃんも、会社員という立場をよく分かっている梶山さんも、皆を見守りつつ的確な一言を入れる蒲生さんも、そしてあまり周りに興味が無いからこそ、普通なら一歩引いてしまうようなボーダーをさらっと飛び越えてしまう琢郎も。

みんな個性豊かすぎて本当に大好き。

第二楽章からはとにかく続きが気になって読む手が止まらなかった。

続きを読むためにお昼を外で食べたし(社内では流石に読みにくい)、バーに一人で行って号泣しながら読んでいたし(そしたらあの大好きなバーのシーンが出てきて驚いた)、ラストまで走りきってから寝た(2時くらいまでかかった)。

冒頭にも書きましたが、読み切ったときの余韻が本当に凄い。

2022年のご本なので今更ではあるのですが、本当にお勧めですし一番好きな物語となりました。

自分の中でハードルを上げすぎていたので少し怖かったのですが、それも軽々飛び越えてくるほど面白かったです。

出逢えて良かった。

それでは!

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