【読書感想】空、はてしない青-今の積み重ねが作る、2人の旅の奇跡【ネタバレ】

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感想

2026年本屋大賞 翻訳小説部門 第1位。

読み終わったのは実は半年前、2025年の末。

いくつものタイミングを逃しながら、やっと「空、はてしない青」の感想を書くことができます。

二人と一緒に旅をしてきた記憶と、エミルの命を見届けたときの想い。

物語を振り返りながら、お伝えできればと思います。

それでは、どうぞ。

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登場人物 & あらすじ

登場人物

エミル若年性アルツハイマーで余命2年を宣告される。26歳。
ジョアンヌエミルの最後の旅に同行する女性。29歳。

あらすじ

運命はすでに決まっている。だからエミルは旅に出ることに決めた。

「若年性アルツハイマーと宣告された男性、26歳。人生最後の旅の道連れ募集」。
エミルは病院と周りの同情から逃れるため、旅に出ることにした。長くても余命2年。

同行者を掲示板で募集したところ、返信が届いた。
「高速道路の三番出口で待ち合わせしよう。こちらは、つばの広い黒い帽子にゴールドのサンダルに赤いリュック。どう?」。

現れたのはジョアンヌと名乗る小柄な若い女性。自分のことは何も語らない。
2人はとりあえず、ピレネー山脈に向けキャンピングカーで出発することにした。
それは、驚くほど美しい旅の始まりだった——。

爽やかな筆致で描く、命と愛、生きる喜びについての感動大長編。

講談社「空、はてしない青」公式HPより

公式サイトはこちらから↓

『空、はてしない青』メリッサ・ダ・コスタ 公式サイト 講談社
今フランスで最も読まれている作家、200万部超デビュー作!24ヵ国で翻訳決定!爽やかな筆致で描く、命と愛、生きる喜びについての感動大長編。〈2025年9月18日発売〉

全てを失った人間には何が残るのか

「僕たちはいまや家族手帳を持っているんですよ、ミルティユ」

老婦人は何を言いたいのか理解できずに首を振った。

「子猫を引き取る資格は充分あると思うんですけど……」

その言葉で三人とも笑った。とても素敵な夜だった。

メリッサ・ダ・コスタ「空、はてしない青 上」p381

エミルには過去、心から愛していたローラという女性がいた。

彼女と結婚ができなかったのは他の誰でもない、当時のエミル自身が前向きにそれを考えていなかったからなのだけれど。

それでも、ジョアンヌとの結婚は、今までの人生で一番愛した女性への想いを永遠に断ち切ることを意味する。

そしてその記憶すら、少しずつ曖昧になっていく。

自分の中に1本通っていた軸が崩れかかったとき、または崩れ去ってしまったとき。

そこに残るのは何なのか、ということを凄く考えていて。

例えば「絶望」とか「空虚」とか……あるいは過去への「執着」もあるかもしれない。

このまま沈んで終わってしまうんじゃないかって、悩む日が続いていくのかもしれない。

でも、それらがすべて去ったときに残るのは、感情や感覚ではなくて。

本当の最後は「自分」が残るのではないか、と思っている。

真っさらな、自分自身。

人間はいつだって立ち直り、新たな出発ができる。

メリッサ・ダ・コスタ「空、はてしない青 上」p314

一度はジョアンヌとの結婚で全てを失ったような感覚になっていたエミル。

そんな彼が再び輝きを取り戻し、笑顔を作り、自分たちだけのちょっとしたディナーパーティーを「素敵な夜」だと心から思っている。

この変化は、なんて尊いものなのだろう。

どれだけ「この世の終わりだ」と思うほど落ち込んでいたとしても、楽しいことを楽しいと感じ、美味しいものを美味しいと思えるときがくる。

また新しい軸を形成し、育て、少しずつ自分を癒しながら笑えるようになるのだろう。

人は思うよりずっと強くて、順応する生き物なのだから。

未来は誰のものなのか

「太陽がもう出ていないと言って泣いたら、その涙で星が見えなくなるだろう」

僕はジョアンヌに言った。きみのおかげでこの一節が理解できる。今このときだけを見ようとする君の生きかたのおかげで。そして今、きみのおかげで星を見ることもできる。

メリッサ・ダ・コスタ「空、はてしない青 下」p87

元々はラビンドラナート・タゴールという方の言葉らしいです。

「自分の人生から太陽が消えてしまったと嘆き続ければ、きれいな星が涙で見えなくなってしまう」

本当であればジョアンヌは、エミルが今の自分を受け入れたこの状況を喜ぶはず……だったんだけどなあ。

エミルの人生は余命2年と定まっていて、変えることはできない。

だから、過去や未来への不安の中で生きるのではなく、今このときを「生きている」という感覚を味わえること。

エミルが暗闇の中でも輝きを見つけられること。

ジョアンヌも望んでいたことだったのに、いざエミルが現実を受け入れるのは嬉しくもあり……辛くもある。

来るべき「死」は現実なのだと、受け入れざるを得なくなる。

過去、現在、未来は繋がっているとよく言うけれど、この本を読んで、この繋がりって実は一直線じゃないのかなって思った。

特に現在から未来への流れ。

未来って、実はまだ私たちのものじゃない。

膨大な「今」の積み重ねと、さらに膨大な私たちの「選択」によって作られるもの。

その「今」だって、過去の私たちの積み重ねと、選択のうえに成り立っている。

じゃあ、未来がないエミルにとって積み重ねていく「今」にはどんな意味があるんだろう。

エミルが星の輝きに気付いた理由を考えると、過去・現在・未来を1人単位で見るものじゃないからなのかなって。

お話の冒頭、エミルが全く面識のないジョアンヌと旅に出ると決めたとき。

そこできっと、エミルの未来はジョアンヌに引き継がれていくものになった。

人生というのは、一人で過去から未来まで生きているわけではない。

親から始まり、兄弟、友達、恋人……もしかしたら旅先での見知らぬ人というのもあるかもしれない。

あらゆる場面で多くの人と出会い、別れていく。

別々だったはずの道が、1つに交わっていくこともある。

それをジョアンヌが教えてくれたから。

だから、エミルは星の輝きを見つけられたのだと、読みながらとても強く感じた。

ただ……「未来はまだ私たちのものではない」とは言ったけれども。

エミルの死を見届けなければならないジョアンヌにとって、その喪失は約束された未来であるのがとても悲しい。

忘れがたいものは

ドゥル湖に沈む最後の夕日を真正面に眺めながら。ピンクのフラミンゴがたくさんいて、水面が夕焼けに染まってきらきら輝いていた。このポンツーンとここの夕日はこのあともきっと恋しくなるだろう。でも、次に見る風景もきっと忘れがたいものになると思いたい。

メリッサ・ダ・コスタ「空、はてしない青 下」p63

「忘れられないものになる」ではなくて「忘れがたいものになる」。

この絶妙な違いが、エミルの実際を反映しているようで切ない。

調べてみるとほぼ同じ意味を持つ言葉なのですが、なんでこうも受ける印象が変わるのだろう。

このときのエミルは、すでに直近の記憶が薄れていっている(あるいは時系列がごちゃごちゃになっている)状態で。

心に焼き付けて忘れたくないここの景色さえも、すぐ思い出せなくなることを彼自身はきっと理解している。

でもこの場面、個人的にはとても前向きなシーンだと思っていて。

実はここより前に同じく夕焼けのシーンがあるのですが、その時にエミルは直近の記憶さえも忘れていく状況にかなり沈んでいる状態だったんですよね。

そしてジョアンヌと軽い口論になり、夜が訪れる。辺りが闇に包まれるような、夜。

対して今回は、目の前の夕暮れ時の綺麗さがすっと心に入り込んでくる描写になっている。

引用した部分の景色を実際に見たことはもちろんないのですが、目を閉じると鮮明に想像できる。

夕日できらきら輝く水面も綺麗だけれど、その反射に照らされるピンクのフラミンゴたちも、息をのむほど綺麗なんだろうな。

そしてこの後訪れる夜でさえも、エミルはもう不安にならない。

星の輝きもまた綺麗であることをここで知ったから。

忘れていく人の「忘れがたいものになる」という言葉ほど、重いものはない。

同時に、忘れていくからこそ今の一つ一つを、この先出会うであろう何かを忘れたくないと強く願う気持ちが、彼の見る景色をより一層眩しく感じさせるんだと、そう思うよ。

その他の感想

・これを読んでいる間ずっと思っていたのだけど、エミルとジョアンヌって愛から恋への変化だったんじゃないかな。

・掲示板のエミルの追伸から始まって、最後の手紙もエミルの追伸で終わるのがよい。

・これを読み終わった後本屋さんを巡っていたら、「アルケミスト」が偶然目に入ってそのまま購入しました。なるほどこれが「合図に気付け」ってことなのか。
(アルケミストの言葉が、作中で何度か引用されているのです)

・アルケミストの中で一番好きなのは「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりももっとつらいものだと、お前の心に言ってやるがよい。夢を追求している時は、心は決して傷つかない。」です。

・終着点はエミルの死だと分かっているから、覚悟はできていたのだけど……ジョアンヌが妻ではなく母だったと自覚したところで涙腺が壊れました。

・ジョアンヌパパの予言(?)が凄くて、鳥肌が止まりませんでした。

・ブラックアウトが起こる瞬間、読者側も場面が急に切り替わるから本当に怖い。

・装丁がとても好きです。切手……。

・そして最近本屋さんで並んでいるのを見たら、各地のポストカードが付録になっていた。何それいいな!

終わりに

エミルの旅……長いようで本当は短い旅を最後まで見届けました。

喪失感も勿論大きかったのですが、それよりも満ち足りた気持ちの方が大きいです。

旅路の途中で出会い別れた人、立ち寄った村、心に焼き付けた景色、そして自然の過酷さとそれぞれが過去に向き合う苦しみ。

この2人じゃなきゃだめだったとは言わないけれど、この2人だから辿り着いたんだとは言えると思う。

人生について考える度にページをひらきたくなる、そんな本でした。

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