【大冒険!】初めての一人旅を振り返ってみた日【京都編】

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こんにちは、macaronです。

今まで「一人行動いいよ!おすすめ!」という記事をいくつか書いてきたのですが、私自身の一人旅ってどれが最初だったかな?と思い起こしてみました。

そうしたら、観光マップやら資料やらがたくさん出てきてとっても懐かしくなってしまったので当時を振り返ってみます。

初めて自分で計画して、わくわくとドキドキを抱えながら挑んだ旅行は今思い出してもときめいてしまいます。

まあ、挑んだと言っても「徳島→京都」の日帰り旅行なのですが、最初の一歩は大冒険に感じるものです。

当時は一人で考えながらルートを作ったのですが、最近は下の記事にあるような自治体が作ったパンフレットもあるそうなので、よければ参考にしてみてください。

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観光ルートを考えながら「旅のしおり」を作った旅行前

先ほども書きましたが、私の一人旅行デビューは京都です。

大学生のときでしたが、何年生の時かは覚えていません。二十歳になる年だったような気はしています。

何がきっかけかは流石に忘れてしまいましたが、高校生のころ新撰組に熱中しており、いつか京都で新撰組関連の場所を巡りたいと思っていました。

周りに特に新撰組を好きな人もいませんでしたし、今行っておかないと一生行けないかもしれない……!と感じた私は、一人で京都に行く決断をします。

(京都までの距離で大げさだなあと今になって思いますが、当時の私はとても大真面目でした笑)

ただ、実はそれまでほとんど旅行になど行ったことがなかった私。

どうにかして親を納得させないといけないと思い旅行のタイムスケジュール、「旅のしおり」を必死で作りました。

行きたい場所のピックアップ、どう回るのが効率的か、むこうでの交通機関はどんな感じか……。

何回も調べて、京都市バスの時間も調整して、観光地の情報をネットで集めて。

この作業がね、ほんっっとうに楽しかったのです。

調べれば調べるほど、現地に行けることへの実感が湧いてきて、その日が待ち遠しくなる感覚。

今思い出しても高ぶってしまうので、今度一人旅に行くときは久しぶりにしおりを作ってみるのもよいかな。

いざ京都へ!予定通りにいかないのが旅の醍醐味です

当時の京都旅で訪れた場所は以下の6カ所です。

・光縁寺(新撰組隊士が何名か眠っているお寺)

・旧前川邸(八木邸等と一緒に新撰組屯所として使われていた場所)

・八木邸(新撰組初代局長、芹沢鴨暗殺の場所)

・壬生寺(隊士たちの訓練場として使われいたお寺)

・島原(花街。角屋おもてなしの文化美術館を見学)

・池田屋跡地(かの有名な池田屋事件の現場跡地)

当たり前ですが土地勘が全くないので、京都市バスを使って周辺まで行こうと思ったのですが……。

そもそも乗るバスを間違えた!!!

京都は観光名所が何カ所もあるので、当然バスの数もかなり多いです。

何回か乗っても、未だにしっかり確認しないと不安になるのに、初一人旅の当時の私がわかるわけないよなあ。

幸い、すぐに気づいたのと、方面は同じだったので一駅で降りて徒歩で向かったのが懐かしいです。

せっかくタイムスケジュール細かく組んだのにな~と思いながらも、そういうちょっとしたアクシデントがだんだん楽しくなってくるのです、不思議なことに。

軽い気持ちで訪れたことに少し後悔した光縁寺

新撰組ゆかりの場所を巡るツアー(発案者:私)だから、当然のごとく光縁寺もルートの中に組み込んでいましたが、お参りを終えた後少し後悔しました。

お寺なので、あそこには当時激動の時代を駆け抜けた人たちの魂が眠っているんですよね。

それを、「好きだから」と興味本位で訪れてしまったのが本当に申し訳なかった。

まあ、住職さんもある程度慣れているので伝え聞いている当時のお話などを細かくお話してくださったんですけどね……。

ネットなどでは、最早観光スポットとされているので、そこまで悔いる必要もないとは思いますが、次機会があればきっちりと参詣したいものです。

ここではちょっとしたお話があるのですが。

「山南さんを供養するとき、そこに近藤さん土方さん沖田さんが並んで座っていたけど、貴方はどの方の場所に座りますか?」

なんて質問が飛んでくると思わなくて、びっくりして思わず「土方さん」って言っちゃったんだよな、私。(冷静だったら沖田さんって答えていたと思います。)

いやもう住職さん本当に慣れすぎてしますし、ファンの心を分かってらっしゃる!

八木邸では芹沢鴨暗殺のお話が聞けます!そして屯所餅がおいしい!!

光縁寺を参拝した後は旧前川邸、八木邸へ。

壬生を中心に活動していた新撰組が屯所として使用した場所が残っているということで、もちろんルートに組み込みました。

前川邸は、お土産物屋さんになっていて新撰組のグッズなどを売っています。

当時、浅葱羽織と誠の旗(?)がついたストラップを購入したような記憶があるんですけど、どこに置いたかなあ?

今度実家に帰ったときに探してみることにします。

八木邸では、実際に邸宅の中を見せていただきながら、語り部さんによるガイドが聞けます。

到着したとき、すでにガイドが始まっていて途中からの参加だったのですが、芹沢鴨ら暗殺の際についた刀傷や血痕など、わりと生々しく残っていて見応えがあります。

それにしても鴨居(障子などをはめ込む横木のことです)の刀傷は、振りかぶったときにできたものとおっしゃっていたのですが、刀は引っかからなかったのかな?とか誰の刀だったのだろう?とか疑問が溢れてきてて。

正直今でも謎です!

なので次に訪れたときに聞けそうだったら聞いてみようと思います。

ガイドの後はお茶と屯所餅をいただけるので是非食べてみてください。とてもおいしいです。

※屯所餅つきガイドを選んだ方のみ。

新撰組のお稽古場、壬生寺。本当に広い。

八木邸から少し歩いたところにあるのが、当時、隊士たちの訓練場として使用されていた壬生寺。

門をくぐると、広い……想像以上に広いんです、これが。

確かに大人数で訓練しても全然危なくない広さ。

「沖田総司が子供たちと一緒にこのお寺で遊んでいた」という逸話がありますが、それが想像できてしまうくらい広くて、そして穏やかな場所でした。

不謹慎だけど、ここで鬼ごっことかしたらすごく楽しそうだものなあ。

そしてお寺の一角に何名かの隊士が眠っているということで、こちらも手を合わせてきました。

境内から出るときにもう一度振り返ったのですが、やはり良い場所だなと思ったので、こちらももう一度行ってみたいなあ。

花街の面影が残る島原

続いては島原、いわゆる花街ですね。

入り口に立派な門があって、それを見るだけで当時この場所がどれだけ華やかだったのかが少し分かる気がします。

ここには「角屋おもてなしの文化美術館」という場所があり、ガイドを聞けるということなので行ってみました。

受付後、ガイドの開始を待っていたのですが、なんと私一人だったので贅沢にも貸し切りでお話を伺うことができました!

10年以上前の記憶なので本当にあやふやなんですが、一番奥の一番立派な座敷がとっても陽当たりがよくて気持ちよかったのを覚えています。

「ここでお昼寝したら絶対気持ちいいだろうなあ」と思ったのですが、夜の街なのであまりお昼は開放されていなかったのですかね??

印象に残っているのは、その立派な座敷部分が一度焼けてしまったため、そこだけ文化財に登録されていないというお話でした。

文化財に登録されるには建設後何年という基準があるみたいで、一度燃えてしまったらゼロからの出発になるのだとか。

……と記憶していたのですが、今調べてみたら1952年に登録されているみたいで。

わからない!!!!笑

まあ、私の記憶違いですね。次の京都旅行で色々解明しなければいけないことがでてきましたので、わかったらまた記事にしますね。

予定終了後は湯葉を食べて京都駅で黄昏れてみた

多少のアクシデントはあったものの、全てのミッション(予定)、無事達成です。

その後は京都駅へ戻ってきて、地下にあるお店で湯葉を食べました。

一日歩いていたからか、初めての一人旅行を達成できたからか、この日の夜ご飯は格別においしかったです。

そして予定よりも早めに見学を終えて戻ってきてしまったのでバスまで時間が微妙にあります。

どこかにふらっと行って迷子になっても困るので、京都駅でのんびりすることに。

京都駅は出てすぐのところに座れる場所が結構ありますので、そこでバスを待ちながら黄昏れていました。

思い返してみてどうだったか?ほんっっっとうに充実した1日が過ごせたと思います。

初めてだらけでずっと緊張していましたし、最初調べたスケジュール通りにもいかなかったけれど、無事に全部見て回れて、私凄いじゃん!と感動しましたよね。

この日、とっても暑くて。その分(?)夕日も綺麗だったので、なんだか感傷的な気分に浸りながら、私の一人旅は終わったのでした。

本当にこの日があって良かったと思います。

たった1日でしたけどたくさんのことを経験して成長できた日になったなと、今でも感じています。

当時を思い出しながらこの記事を書いていたら、無性に京都に行きたくなったので、また近いうちに訪れます。

今度はどんな発見があるかなあ。

また新しい気持ちに出会えることを楽しみに、今回はここで締めさせていただきます。

おしまい。

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